30・オチー
佐治谷から娘の婿が尋ねてきたので、牡丹餅(ぼたもち)を出そうと、母親が小豆をまぶしていると、その家の子供が、チョッと手を出した。
母親が、
「オチー、オチー」
と言うと、子供はおどろいて手を引っこめた。
子供は母親の顔を見ていたが、またもや餅に手を出した。
母親が今度は怖い顔をして、
「オチー、オチー」
と、言った。子供はあわてて手を引っこめた。
やがて、
「さあさあ、お待たせしました。どうぞ食べて下され」
と言って、作ったばかりの牡丹餅を持ってきたがどんなにすすめても婿は食わなんだ。
「それじゃ、土産に持って帰りんさい」
と言って重箱に詰めてくれた。
婿はこわどわ、それをさげると家を辞し、一本の竹を捜し、包を竹の先につけて歩き出した。
しばらく行くと、包はつるつると竹をすべって男の首にガツンと当った。
「ヒャー!」
悲鳴もろとも、竹と重箱を投げ出した。
包の中から重箱が飛び出し、牡丹餅は道に散乱した。
「おのれ、ようも、うらの首に喰いついたな」
竹をとって、重箱も牡丹餅も、力まかせにめった打ちした。
中から、にゅつと白い飯が出てきた。
「おお、牙むいたな。ようし、これでもか」
牡丹餅は男に打たれて飛び散り、くずれ散った。
「ざまあ見い。何もようすまいが」
と言ってみたが、別に襲いかかる様子もないと見てとると、力まかせに足で踏みつけて意気揚々と家につくと、
急に怒りがこみ上げて来て、外から大声で妻をどなりつけた。
「お前のナ、婆がなあ、うらの首に、化けもんを喰いつかせたけえ、そいつをなぐりつけて、ひどいめにあわせてやったわぇ」
けげんな顔で妻が現場に行ってみると、くだけた重箱や踏みつぶされた牡丹餅が陽をあび色をかえ散乱していた。
※参考文献
喜尚晃子 「但馬・温泉町の民話と伝説」1984年より
温泉教育研究所 「温泉町郷土読本-温泉町誌-」1967年より
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