21・翡翠の玉
深山の原に怨霊が出るという噂が立った。
村の屈強な若者三人が、
「俺たちが確かめてくる」
と、深山の原に出かけて行った。
やがて草木も眠る丑三つ時、風が変わってひんやりすると思う間もなく、彼方の樹木が何やら黒っぽい怪物じみて、うす気味悪い。
さすがの三人も、はじめこそ面白がって、ときにはふざけたりもしたが、次第に気も滅入って、
石の上に腰を下したまま、沈みがちになってきた。
と、まん中に座っていた男がふるえる声で言うには、
「みんな、三人の中で誰がどんなことになっても、見捨てて逃げんようにしようぜ」
他の二人はうなづいて、
「どがいな事があっても三人で助け合おう」
すると、まん中の男がはっと一息つくと、
「実は、先刻から、何やら冷たい、柔かいもんが、俺の股ぐらをギューツと握っていて、体を動かすこともできん。
こりゃ、きっと噂の亡霊に違いない。夜が明けりゃ亡霊は去るって聞いてきた。朝まで一緒に居ってくれ」
と、言い出した。
二人がぎょっとして、男の股のあたりを見ると、なんと暗い地面から、夜目にも白い手が一本、
すうっ-とのびて男の股の中に入っている。
「キセツ!」「ワッ!」の声と同時に、二人の男は転ぶように走り去った。
身動き出来ない残された男は
「えい- もう矢でも鉄砲でもどんと来い!」
度胸を決めると、白い手に向かって、
「おい、お前さんはいってえ何者だいや。暗うて分らんがな」
と尋ねてみた。
すると、なんともかぼそい声で、
「はい、わたしは生なき者であります」というではないか。
「なんぞ、この俺に恨みでもあってか」
「いいえ、何の恨みがあなたにありましょう。あなたを強いお方と見込んで、おねがいの筋があってのことでこざいます」
「訳を話してみんさいや」
「聞いて下さいますか」
「ともかく、その手を離して姿を見せてくれ、話はそれからだけえ」
「ありがとうございます。見苦しい姿ですが、おゆるし下さいませ」
と男の前に姿を現わしたのは、血みどろの髪ふり乱した若い女で、男は一瞬ギクリとしながらも生きている時は、
さぞ可愛いらしい娘だったろうと思えた。
「聞いて下さいませ。私の父はあの音にきこえた鬼長者に故なく毒害され、残った私は長者の下女になって育ちましたが、
秘密を知る私も悪事が露見するので殺され、この原に埋められたのです。
仇を討ちたいのですが、鬼長者の家の入口のお寺のお札に邪魔されて入ることができませぬ。
どうかお札をはずして下さいませ」
男はこの女の話に同情して、長者の家に行き門のお札をはずしてやると、
女の亡霊は、すぅ-と吸い込まれるように中へ入った。
と思う間に、突然、逃げまどう足音、助けを呼ぶ鬼長者の家族の叫びが夜の闇をつんざいて、
門の外に立つ男を震え上がらせた。
ふと気づくと、女の亡霊が男の前にいて、前よりひときわ、わびしそうな微笑を見せ、
「さあ、早う、原に急いで下さいませ。空の白まぬうちに、
ご迷惑でも、この私の髪を下していただかねばなりませぬ」
と、言うのだった。
原で男が、女の髪を切ってやると、
「この玉は私が宝にしていたものです。お礼に差し上げます」
と無理やり男の掌に翡翠の玉を押しつけて、ふっとかき消えた。
やがて東の空が白々と、朝陽がさしてきた。
「これはなんとしたことだ。夢だったのか」
と男が立ち上がると、膝の上からコロコロと丸い玉が地面に転がり落ちた。
拾い上げた男の掌の上で、玉は朝日にキラキラと輝いた。
村に帰ると、昨夜のうちに、鬼のように無慈悲な長者一家が皆殺しになっていると大騒動になっていた。
男はこの翡翠の玉を寺に奉納し、女の菩提を弔った。
※ 温泉町誌『関礼』改題。
※参考文献
喜尚晃子 「但馬・温泉町の民話と伝説」1984年より
温泉教育研究所 「温泉町郷土読本-温泉町誌-」1967年より
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