念仏供養塔
勝願寺境内にある念仏供養塔は、寛政13年(1801)15世迎誉上人によって建立されました。安永8年(1779)4月に浜坂村の8割を焼失した大火によって勝願寺も焼けました。再び火災などの不幸がないように願って建立されたものであり、三界萬霊塔と刻まれています。
この三界とは、欲界・色界・無色界の衆生の輪廻する世界のことで、この三界に満ちた霊を供養するための塔です。塔の左側に「薫沐」と記されており、住職
が精進潔斎をし、香を浴びながら供養をしたという意味です。
勝願寺境内には、もう1基念仏供養塔があります。文久3年(1863)に岡山屋庄三郎が建てたもので、塔の横には「諸国納経塔」と、下の台石には「百萬遍」
と刻まれています。これは念仏供養塔であるとともに、諸国に参拝したお札を納める納経塔も兼ねています。
浜坂の町の東西にあたる旭町と高見には、遍歴僧是得上人の筆による念仏供養塔があります。(是得上人については、諸寄聖徳庵の「是得上人名号石」を参照)
旭町の念仏供養塔は、文政2年(1819)に建てられたもので、台石には26名の講の名前が刻まれています。また、高見の念仏供養塔も文政2年(1819)に建てられていますが、講名などは刻まれていません。
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念仏供養塔(勝願寺)
・建立年月日 寛政13年(1801)3月5日 ・碑文 南無阿弥陀仏 三界萬霊等 建立者・建立年等(内容省略) ・建立者 15世迎誉上人
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念仏供養塔(勝願寺)
・建立年月日 文久3年(1863) ・碑文 南無阿弥陀仏 建立者・建立年等(内容省略) ・建立者 岡山屋庄三郎 |
念仏供養塔(旭町)
・建立年月日 文政2年(1819)4月 ・碑文 南無阿弥陀仏 是得 建立者・建立年等(内容省略) ・建立者 念仏講中26 |
念仏供養塔(高見)
・建立年月日 文政2年(1819)5月 ・碑文 南無阿弥陀仏 是得 建立年等(内容省略) ・建立者 念仏講中 |
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