5・弁慶岩
山里の百姓が、町で用事をすませ、夜道を急いでいた。
「やれやれ、思わぬ時間をとったわい。早う帰らにゃ、カカァが心配(しんぴゃあ)しとらあで」
やっと、前原清水というところまで帰ってくると、向こうから、ばう-と、白い塊が近づいてくる。
「おや、迎えに来てくれたかな」と、よろこんで立ち止まった。
百姓が闇に眼をこらすと、
「あれ、違うやあななあ、ありゃいってえ、なんじゃろか」
白い塊はぐんぐん近づいて、大きな地ひびきがしてさた。
「あっ!」と腰を抜かさんばかりにびっくりして、草むらに身をかわした百姓の前を、通りすぎる、
白い塊と見えたのは、なんと身の丈二メートルもある髪ぼうぼうの怪物だった。
「くわばら、くわばら」
草むらで息をころしていると、怪物はすぐ近くの谷川に下りて行ったが、間もなく、ズーズーと音がして、
どうやら水をのんでいる様子だ。
しばらくして、また大きな足音がして、百姓の前を怪物が通り過ぎていった。
見えかくれしていた月が、ようやく、まんまるの顔を出して明るくなった。百姓は怖さでふるえ
ながらも、転がるようにして夢中で村へたどりつき、
「えらいこっちゃ、ばけもんが出たあ」と言ったとたん、気を失ってしまった。
その道は、牛の草かり山に行く一本道だったので、村人は困ってしまった。毎日の仕事にもさしさわりがでる。
村中で相談して、その頃、京で名高い武芸の達人、「弁慶どのに怪物退治を頼もう」ということになった。
弁慶はさっそく馬に乗ってやってくると、百姓たちの言う怪物の出るところで、今かいまかと待っていた。
日が暮れて、その夜も怪物が水をのみにやってきた。
弁慶が、
「えいっ!」と、大なぎなたで切りつけると、たしかに手ごたえがあったのに、怪物の姿はぱっと消えてしまった。
音に聞えた弁慶に恐れをなしたのか、それっきり何事もなく夜が明けた。
朝の日に、昨日まではなかった大きな岩が横たわっていて、その中ほどになぎなたの傷が二メートルほども
ついていて、そこから血がしたたっていた。岩の下の方には馬のひずめのあとが二つついている。
怪物は岩にばけて弁慶に切らせようとしたが、岩になり切れないうちに切られてしまったのだ。
かつて、前原清水には、弁慶のなぎなた傷をつけた大岩が横たわっていたと伝えられている。
※参考文献
喜尚晃子 「但馬・温泉町の民話と伝説」1984年より
郷土の民話但馬地区編集委員会 「郷土の民話-但馬篇-」1972年より
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