大庭耕地整理記念碑
大庭耕地整理は、大正7年の大洪水を契機として計画され、碑文によると大正9年に着工し、大正13年に完成しました。
整理後の耕地面積は、40町余りとなり整理前より2町歩増加しました。工事費は、3万5千円という莫大な費用を要しました。大庭の人々は、その労苦を忘れず後世に伝えるため、この記念碑を建立しました。その思いは、2メートル近い大きな碑を建てたところにも偲ばれます。
耕地整理は、明治32年耕地整理法が成立し、明治42年の大改正によって全国的に実施されました。それは、生産力を高め、労力の軽減を目的に耕地区画の整理(長方形の1反歩を基準)、用排水路・農道整備などでした。
浜坂地域では、清富・指杭・田井地区の耕地整理が明治42年から実施され、町内にはこのような耕地整理を記念して建立された碑が各所に残っています。
・建立年月日 大正15年12月
・碑文 碑面 大庭耕地整理記念碑
碑陰 建立年等(内容省略)
・建立者 耕地整理組合長 山本亀造他10名
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