22・三つの謎
庚申さんは、六十一日目ごとに日本中を廻って、弱い者を助けて下さる、有難い神様という。
村の庄屋さんは大変な分限者(ぶげんしゃ)で、沢山の田んぼを持っておった。
今日も朝早くから、稲の出来ぐあいを見に田んぼに出かけ、
「おお、今年も豊作じゃ」と、ニコニコしながら田を見廻った帰り道、
庄屋さんが立ち止まったその田んぼは、村でも一番貧しい爺さんのもので、
庄屋さんの田んぼの稲に比べて見事な出来ぐあいだった。
そう言えば、去年も一昨年も、爺さんがせっせと通いつめ、手入れした田んぼの稲は、
一際、美しく稔り、庄屋さんをうならせたものだった。
庄屋さんは、この田んぼを自分のものにしたくて、今までにも何べんか爺さんに売ってくれと頼んだが
良い返事がもらえなかった。
<よし、今度こそ、爺さんの田んぼをわしの田にしてみせる・・・>
と、庄屋さんはあれこれ考えた。
「うん、これだ!」
と急いで家に帰った庄屋さんは、
「爺さんをすぐ呼んでくるだ」
と作男を使いにやった。
爺さんが庄屋さんの前にかしこまると、
「爺、われは、わし家の田んぼを、みんな我がもんにしたいとは思わんかえ」
めっそうもないと首を振る爺さんに、
「爺に、わしが謎を三つ出すけえ、その謎をみんな解いたら、わしの田んぼを全部、爺にやる。
もし一つでも解けなんだら、爺の田んぼをわしに寄こせ。謎解きの日は、次の庚申さんの晩にしよう」
爺さんは困って、
「旦那さん、うらは学問がありませんけえ、どうぞ、こらえてくんなれ」
庄屋さんは、
「いんや、いままで何べん言っても、わしの言うことを聞いてくれなんだ。今度はこらえん」
というので、爺さんは泣き泣き家に帰った。
庚申さんの夜がきて、
「婆さんや、庄屋さんの家に行ってくるけえな」
と爺さんが戸の外に出ると、身の丈六尺もある旅人が立っておった。
顔中ひげだらけだが優しげな眼で爺さんに、
「次の宿場まで、わたしの供をしてついておいで」
と言った。
爺さんは婆さんを呼んで、
「よんどころない用事が出来て今夜は行かれませんけえ」
と庄屋に使いにやり、見知らぬ旅人の供をした。
夜の道をしばらく行くと、遠くで犬の鳴き声がした。
旅人はそれを聞くと「おお、夜中の犬(ケン)が鳴くのう」と言った。
爺さんは
<ふ-ん、夜中のケンちゅうのは、犬のこったな>と思った。
夜の道を歩いていくうち、
「おお、夜明けの鶏(ケイ)が鳴くのう」
やがて陽が上って、草にやどる露がきらっと光る。
「おお、朝の白玉が光る。爺、もうよいぞ、帰りんさい」
帰りの道々、
<なるはど偉い人は、むつかしいことを言わっしやる。夜明けのケイちゅうのは鶏で、
朝の白玉ちゅうのは露のこったな>
と爺さんは幾度も繰返しながら家に帰った。
次の庚申さんの夜がきて、爺さんがまるで屠所(としょ)に引かれる羊みたいに、しおしおと庄屋さんの前にかしこまると、
「さあ、爺、約束の謎を出すぞ。ええか、夜中の犬(ケン)て、何だ」
「へえ、犬のことでございますだ」
「ふ-ん。じゃあ夜明けの鶏(ケイ)って何だえ」
庄屋さんは、まさか爺さんが、すらすら答えられるとは思ってもいなかった。
「へえ、旦那さん、次のも聞かしておくれんさい」
「おぉよし、次のは朝の白玉って何だえ」
爺さんはほっとし、胸を張って、
「へえ、夜明けのケイは、にわとりで、朝の白玉は霜のことでございますだ」
と答えた。
爺さんは約束通り庄屋さんの田んぼをみんなもらい村一番の長者になった。
爺さんはあの旅人はきっと庚申さんだと思って、庚申さんの好きな花を七種そろえ、
好物のぼたもちを七つ作ってお供えした。
※参考文献
喜尚晃子 「但馬・温泉町の民話と伝説」1984年より
温泉教育研究所 「温泉町郷土読本-温泉町誌-」1967年より
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