1・寒大師
つめたいみぞれが降るある冬の夕ぐれ、一人のお坊さんが貧しげな農家の入口に立って、
一晩泊めてもらいたい、と頼んでいた。
そのお坊さんはとても疲れていた。草鞋をはいた足は、指先がしびれて凍るように冷え、
お腹も空いていて、もう一歩も歩きたくないほどだったが、どの家にたのんでみても
このみすぼらしいお坊さんを泊めてはくれなかった。
この家でも、きっと断られると思っていたのに、
「お遍路さん、寒かったことだらあなぁ、さあさあ早うあがって、火のへえりにきてあたんなはれ。
家には何もないけど、ええ火ぐりゃあ焚くけえ。ようぬくもってくんなれ」
いろりの火のそばに坐ったまま、お婆さんは親切にそう言ってくれた。
たきぎを火についで、燃えあがった明りの中のその家は、がらくたが少しあるだけで
大変に貧しい暮しだとわかる。
お坊さんはやっとあたたまって一息ついた。
すると今までいろいろとお坊さんに話しかけていたお婆さんが、急にだまって、
困った顔をしていたが、思い決したように、
「よいしょ」
と声をかけて、ふらりと不器用に立ち上がった。
見ると一人住いのこのお婆さんの片足は足首からなく、先は丸く、すりこぎのようになっていた。
一足歩くたびに体をふらふらさせながら、家の外に出て行った。
もう日は暮れてしまい、みぞれは夜の寒さとともに雪にかわっていて、地面はほのかに白くなっていた。
先刻、旅のお坊さんが泊めてくれと頼んだのを、口ぎたなくはねつけた隣の家の軒下には、
渡した竹ざおに”高きび”がずらりとかけ並んでいた。
その下に身をかがめていたお婆さんは、少しの間、家の中の音に聞き耳をたてていた。
スッと手が伸びた。”高きび”のたばねが一つ、つるりと前掛けに包みこまれ、
お婆さんはおどるように体をゆすぶりながら、自分の家に転げこんだ。
雪の上には、お婆さんの、すりこぎで突いたような足跡がくっきりと残った。
お坊さんはこの家の粗末な仏壇の前で一心にお経を読んでいた。
いろりの火の、赤々と燃えるそばで、お婆さんは”高きび”を手どきして、
坊さんに食べさせようとしているのだった。
雪は音もなく降りしきっていた。お坊さんは更に何かを念じるようにお経を読みつづけた。
やがてお経が終る頃、お婆さんの足跡は雪にすっぽりうずめつくされた。
この旅僧は、弘法大師だった。
旧暦十一月二十三日が『寒大師』で、この日に降る雪を「すりこぎかくし」とよんでいる。
※参考文献
喜尚晃子 「但馬・温泉町の民話と伝説」1984年より
郷土の民話但馬地区編集委員会 「郷土の民話-但馬篇-」1972年より
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