新温泉町
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24・魔道

山奥の今にも倒れそうな古寺に老いた僧がひとりいて、御本尊つかえ、日々勤行にあけくれていた。
みすぼらしい境内だが、春がくると樹木はいっせいに芽ぶき、秋になると枯葉となって風に散っていく。
四季の移りかわりが、年々歳々変らないように、老僧の勤行も、いつ果てるともなく続くかに見えた。
僧のそばには、いつも老いた描が一匹、丸くなってうずくまっていた。
僧が仏の前に坐ると猫もそばに坐り、僧が立つと、猫も時を同じく立つ。

ところが、この二カ月はど前から、毎朝、僧は不審そうに、かたわらの猫を見た。
衣が、じっとりと濡れていて、布地の痛みが目にみえてひどくなっていくからだった。
”今宵こそは”と、僧は心ひそかに誓い、この不思議な原因を見極めようと、
床に入ってうづくまり眠ったふりをした。

すると、猫が僧の枕もとにそっとやってきて、しばらく寝息をうかがい、落胆したふうで立ち去った。
『これは面妖なふるまい?』と僧が尚じっと息をころしていると、また猫がやってきて、
しばらくすると立ち去っていくのだった。

幾度かこれを繰り返している間に、僧はつい、うとうとと眠りにさそわれた。
はっと気をとり直して薄眼をあけると、猫が衣桁の衣を静かに口にくわえ、引きずって行くところだった。

十三夜の月は青く、萩、薄の葉末に光る露の玉がこぼれるばかり。
猫は月下の道をひたすら歩み、やがて近くの丘に登りつめた。

見え隠れに、あとを追う僧が、丘の上を見て驚いた。
そこには数十匹の猫が集まっていて、僧の猫を待ちかねていたらしい。

「おお、きたきた。どうしただ。なんぞ差支えでもあっただか」

「いんや。どうもすまなんだ。今夜は、どぎゃあにも、うちの和尚さんが眠らんだけえ、
 こがいに遅うなってしまっただ。さあ、始めよう」

寺の猫が衣を着ると、猫たちはいっせいに読経をはじめた。読経はだんだん熱がこもって、
それにつれて一匹の猫が右に左に立ち廻ると見るまに、他の猫も、われもわれもと跳び上がり、
はては群猫の乱舞にと変わっていった。
その時、いづれからともなく現れた一塊の黒雲に、一匹の猫が身をひるがえして飛び乗った。
と、他の猫も次々に雲に乗り移った。
鬼気迫るこの様子を見入っていた僧は、我にかえり、身をふるわせてひそかに丘を下り寺に帰った。

翌朝になった。
僧が衣桁をたしかめると、衣は何事もなかったかのように元の位置にあった。
猫はと見ると静かに眠っている。
僧は思案していたが、朝食を終えると猫の前に衣を置き、

「子猫のそもじを伺って二十年、古猫は神通力を持って釈迦になると伝え聞いていたが、
 もう、このお寺に、おまえを置くわけにはいかぬ」

僧は昨夜の出来事を思い起こしながら、

「この法衣を餓別に与えるゆえ、この寺から出ていくように」

と、猫に言い聞かせた。
猫はうなだれて聞いていたが、しおしおと衣を口にくわえ、いづこへともなく立ち去った。

それから一カ月、消息の知れなかった猫がふらりと寺を訪れ、再会を喜ぶ僧と一刻を過し、ほどなく姿を消した。
翌日、僧は珍しく旅装をととのえた。墨染の衣、古びた五条げさ、自足袋、草鞋ばき、
見すぼらしい装束だったが、僧は何かにせかされる思いで寺をあとにした。

僧が道を急いでいると、途中、盛大な葬式に出会った。多分、どこかの長者の葬式らしい。
ふと立ち止まった僧の頭上はるかに、あのいつかの夜見た黒雲が空にかかるのを見た。
僧はそれを見ると葬列に声をかけた。

「しばらくお待ち下され。その棺の亡者は、物の化に奪いとられている。これでは葬儀はできますまい」

と、さとすように言うと、
行きすぎようとした男達が、

「そう言えば、先刻からかついでいる棺が軽くなって、不思議に思っていたところです」

と、言った。
みんな大騒ぎになり、念のため中をあらためようと大いそぎで寺に向かった。
僧が言ったように、棺の中はからっぽで亡者は消えうせていた。寺の住職もあわてるばかり。

「あの旅の僧を呼び戻せ」

と、村の人が寺から走り出ていった。
はどなく呼び戻された老僧が、読経をあげると、不思議や不思議、
一塊の黒雲が、寺の屋根にかかったと見るまに、遠くの空に飛び去った。
中をあらためると、亡者は無事、棺に戻っていた。
老僧は、長者から、過分の布施をもらい、古寺を再建し、見違えるばかりのお寺にすることができた。

    ※魔道=悪魔の道。あしきみち。邪道。

※参考文献
 喜尚晃子 「但馬・温泉町の民話と伝説」1984年より
 温泉教育研究所 「温泉町郷土読本-温泉町誌-」1967年より

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