新温泉町
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23・馬子

松林の中は、ほの暗く、落葉に埋れた道を踏んで行く一頭の馬と手綱をとる馬子がいた。
馬子は、一刻も早く、町へ辿り着きたいのだった。馬の背から、生魚の臭いがただよっている。
振り分けに積んだ俵の中の、”しいら”が臭うのである。

「早う届けにゃ、魚がくさる。それにまあ、気味の悪い松林だなあ」

馬子がつぶやきながら行くうち背中がぞくぞくしてきた。
と、

「こりゃ馬子、馬も”しいら”も置いていけ!」

割れ鐘のようないがり声がして、現れた大男。髪は百日がつら、眼はランラン、鰐のような大□を開けて、

「さっさと消えうせろ!」

「ひゃあ、出たァ!」

馬子は腰を抜かしながらも、這いづって逃げ出した。
馬子は夢中で、後も見ず、ようやくの思いで松林を這い出し、やっと一息つき、

「おお、くわばらくわばら。命があっただけでもよかった。
 それにしてもえらい災難にあったわい」

残してきた馬と”しいら”が気になったが、しかたがない。
またすこし行くと大きな一軒家があるので、そこへ飛び込み、

「おたのみ申します。どなたか居られんかな」

と、声をかけたが誰もいない。
馬子はともかく、あの大男に追われるのが怖くて、大いそぎで天井裏に隠れることにした。

「やれやれ、ここなら大丈夫」

馬子が身をひそめていると、松林の方からズシンズシンと大きな足音がする。
足音はどうやらこの家に近づいてくる様子。そっと下をのぞいてびっくりした。
なんとこの家は、あの怪物大男の棲家だったのだ。

「ああ、食った食った、”しいら”は俺の大好物。腹がようなったら眠たぁなったわい。
 さぁてナ、どこに寝よう、お釜に寝ようか、あまだ(天井裏)に寝ようか」

と大男がひとり言をいうので、馬子は必死で、「お釜、お釜」と作り声でささやいてやると、

「ホホォ、南風が、お釜がいいと言うてくれたわい。ど-れ、それじゃ、お釜に入って眠るとしよう」

と機嫌よく、風呂釜の三倍もある釜の中に入り、蓋をかぶった。
馬子は、釜に入った大男のいびき声をたしかめると、そっと天井裏から下りた。
釜の下を見ると埋火(うずみび)がある。
馬子はそばの石ころを拾い集め、手あたり次第に釜の蓋に乗せると、中から、

「南風が、ゴトゴト戸を叩くわい」

と、ねぼけた声がした。
馬子が埋火をかき立ててマキをくべると、火が勢いよく燃え上った。

「どうどうと、風が吹いているわい」

と、またもや釜の中で夢うつつの声。
馬子は祈る気持で、そこらの木をかき集めた。
釜の底は火勢にあおられ、まっ赤になった。と、

「わっ、わっ馬子どの、馬もしいらもみんな戻すけえ、こらえてくんなれ」

と大男の悲鳴。
馬子は、

「何ぬかす、おのれおのれ」

と構わず木を燃やすと、やがて「ジユンジユン」と音がして、どす黒い煙が吹き上った。

「わっ松やにのにおいだ」

馬子は不思議がりながら、もうよかろうと釜の蓋をそっとずらして中をのぞくと、

「ひゃあ、たまげた」

と、その場にへたりこんだ。
釜の中は、松やにの油がべったりとこびりついているだけで、あの大男は、松やにのお化けだったのである。

※参考文献
 喜尚晃子 「但馬・温泉町の民話と伝説」1984年より
 温泉教育研究所 「温泉町郷土読本-温泉町誌-」1967年より

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