新温泉町
文字サイズ大きく小さく元に戻す
TOPページ > 添付資料 > 民話・伝説(資料) > 2・鐘尾のガイダ婆

2・鐘尾のガイダ婆

鐘尾に、治郎兵衛という心やさしい百姓がいた。

ある日、仁王山の畑で草取りをしていると、近くの草むらから獣の呻き声がするので、恐る恐る近寄ってみた。
と、仔牛ほどもある狼がいて、人の気配に、
「うううぉ-ッ」と、
力なく吠え、悲しげな眼差しで治郎兵衛を見上げ、すぐまたぐったりと地面に首をつけ荒い息を吐くのだった。
治郎兵衛は狼が恐ろしかったが、どうやら襲いかかる気配もなく、それどころか今にも力尽きそうにあえぐ様子を哀れに思って、
「どがいした? どこぞ悪いとこがあるだか」と、声をかけてやると、
「ううっ、ううっ」
と、訴えるように口を大きくあけて見せた。
「口の中がどないぞしたんか」
治郎兵衛がこわごわのぞいてみると、のどの奥に大きな白い骨が深くつきささっているのが見えた。
狼の眼から、涙がとめどなく伝い落ちていて、それはそれは大変に苦しそうなので、
「おお、おお、かわいそうに。よし、うらがその骨をとってやるけえ。もうちいとの辛抱だ」
治郎兵衛は大いそぎで、葛の蔓をその骨にまきつけて、
「痛からあが、がまんしろよ」と、力いっぱい引っぱった。
「うおっ-」
 狼のするどい声。
治郎兵衛が思いっきり尻もちをついたとき、それまでうずくまっていた狼が跳ね起き、
「うわぁ-おぅ-」
と、うれしげな叫び声をあげて、そのまま転がるように坂道を駆け下り、雑木林に姿を消した。

「やれやれ、びっくりこいたなあ」
治郎兵衛は狼が逃げて行った雑木林を眺め、
「せめて、お前だけでも、うらの村の衆を襲わんでくれよ」
と祈る思いでひとりごちるのだった。
その頃、あちこちの山里の村を襲う狼がいて、鐘尾の人も幾人か狼の犠牲になっていた。
治郎兵衛はとても複雑な気持で畑に戻っていった。

それから数日して、治郎兵衛が畑仕事を終え家に帰ってみると、戸口に若い女が立っていて、
「旅で行きくれています。一晩泊めて下され」と言う。
「うらは一人者だけえ、どこぞ他の家で泊めてもらいんさい」と断ったが、
「どこも行くあてがありませんし、歩く力もなくなりましたので、なにとぞ一夜の宿を・・・」
と戸口にへたりこまれて、とうとう押しきられてしまった。
若い女はそのまま居つき、はどなく治郎兵衛の女房になり、子供も産れた。
夫婦は村でも評判の人もうらやむ仲のよさ、それに加えて働き者同士だったから、
家も次第に豊かになり幸福に暮していた。

ある年の秋の暮れ、山伏の道場で名高い大峯山で修業を終えた阿難という修験者が 因幡の国法
美郡国ケ峯の長谷という村へ帰りをいそいでいた。
ふもとの村人が夜の峠越えを案じてくれたが、何年ぶりかの故郷なので、山伏は一刻も早くと道
をいそいでいるうちに、国境いの蒲生峠に差しかかって日がとっぶりと暮れてしまった。
山伏は気丈で夜中を歩き通すつもりでいたが、真っ暗やみの峠の道は、いかに山伏といえども行きあぐねた。
山伏は枯技を集めて燃やし、暖をとりながら夜明けを待つことにした。

どのくらいの時間がたったのか、山伏は昼間の疲れでうっかり眠りこんでしまった。
ふと何人かがしのび寄る気配がして、山伏を窺っている。
はっと気づき、あわてて残り火をかき寄せ枯木をつぎたすと、ぱっと燃え上がる火の向こうに、
数え切れない狼の影。
「うお-つ」
と山伏に向って狼が吠えた。すると、遠くからもそれに応える狼の声がして、夜のしじまを伝ってきた。
どうやら狼は火勢のおとろえるのを待っていた様子。山伏はそれと察し、最後の枯木をいっきに火の上に投げかけた。
火がばっと燃え上がった。そのとき、山伏は背にしていた木にするするとよじのぼった。
やがて火勢が弱まると、山伏の登った木の根の方にどっと狼が集まってきた。
狼は山伏をねらい、なんとか獲物を引き下ろそうとする。山伏は上へ上へと上りつめ、もうその先はない。
そのとき、一匹の狼が姿を消したとみるまに、どこからか頭の毛の白い狼を連れて戻ってきた。
「おお、ガイダ婆が来てくれた。それっ」
と狼達がいきおいづき、
「もうちっとのところで手が届かん。ガイダ婆に知恵をかりろ」とさわいだ。
山伏は錫杖を鳴らし一心に祈った。
「南無蔵王大権現、われに加護をたれ、この危難を救わせたまえ」
その間にも狼が肩車のはしごを組んで、少しずつ山伏に近づいてくる。
山伏は一心不乱に祈る。
狼たちのつくったはしごを、あの白い毛の狼がするすると登ってきた。
あわや!
そのとき、山伏は持っていた錫杖で思いっきり足もとを振り払った。
「ぎゃ!」
ガイダ婆と呼ばれる狼の悲鳴がして、はしごのてっぺんから転がり落ち、
「ガイダ婆がやられた。逃げろ!」
と叫ぶ他の狼とともに、みるまにやみに消えていった。

ほどなく夜が明けた。

山伏は命が助かったことを大峯山の権現さまに感謝しながら峠を下っていくと、
草むらに点々と血が付いているのに気付き、そのあとを辿ってみた。
すると鐘尾の治郎兵衛の家の前で消えている。
家の中をうかがうと、うめき声が奥の方からするので、山伏は案内を乞い、
「わたしは阿難という山伏だが、病人がおありのようす。どうなされたのか」と聞くと、
「ゆんべ嬶(カカア)が厠に立って、転んで怪我をしましただ」
と、赤ん坊を抱いた治郎兵衛が答えた。
山伏はこの家の奇妙な空気をいち早く察して、
「それはど心配なことです。わたしが祈祷して進ぜよう」
と奥の部屋に向かい、お経を唱えながら近づくと、
「どうかこのまま見逃して下され、かわいい子供もある身じや。このまま治郎兵衛どののそばに置
いてくだされ」
と哀しげな女房の声がきれぎれに聞こえた。
山伏は、驚く治郎兵衛に構わず、一心にお経を唱え、一気に奥の戸を引きあけると、
寝ていた女房が一転、狼に変わって、
「うおーっ、うおーっ」
と悲しげな叫び声を残して山の中に消えていった。

※参考文献
 喜尚晃子 「但馬・温泉町の民話と伝説」1984年より
 郷土の民話但馬地区編集委員会 「郷土の民話-但馬篇-」1972年より



お問い合わせ
生涯教育課|新温泉町教育委員会
〒669-6792 兵庫県美方郡新温泉町浜坂2673-1
0796-82-5629    0796-82-5159    メール
温泉公民館
〒669-6892 兵庫県美方郡新温泉町湯990-8
0796-92-1870    0796-92-2392    メール
より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください
このページは見つけやすかったですか?
このページの内容はわかりやすかったですか?
このページの内容は参考になりましたか?