新温泉町
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15・信徳丸

    民話や伝説が脚色されて戯曲化し、歌舞伎など上演され、変った形でよく知られたものに、
    『保名』『信徳丸』『狐忠信』などがあり、必ずしも民話とはいい難いが、
    『信徳丸』はこの地方でも昔、しばしば芝居でなじみ深く、『呪い釘』と関連があり、
    お年寄りの人たちの中には、「ああ、あの話か」と思い出される方もあると思う。
    当時の人の倫理観を知ろうとするには、なおざりにすることができないものと考えられるので、
    そのあらましをここに書き加えておく。(温泉町誌-Ⅰ昭和四十二年発行-による)

河内の国、高安の村に入った人々は、何百年もそびえる数えきれない老木に取り囲まれ、城を思わせる大きな邸を見た。

この邸は、近郊近在に並ぶものもない長者、延年(のぶとし)さまのお邸である。
当主延年の先妻は、信徳丸を生んで間もなく亡くなり、後妻おすわを迎えた。
おすわとの間にも子供ができ、一家は平隠無事に暮していた。

信徳丸は愛らしく、実母の顔を知らぬまま、父の廷年からも、使用人たちからもかわいがられ、
やがて美しい青年に成長した。

後妻のおすわは、義理の仲を考え、日頃は何事にも堪えて、信徳丸を大事にしてきた。
やがて信徳丸は和泉国隠山長者の娘、おとの姫との婚約がととのった。

おすわは、吾が子をさしおいて、信徳丸がこの邸の主になるのが不安で、毎日、なやみくるしんだ。

草木も眠る丑三つ時、神社の境内の玉砂利を踏む異様な姿。
振り乱した黒髪の上に、木枠の四隅に立てた四本の蝋燭がゆらめき、その明かりに浮き出た人間と思えぬ白装束の女。

右手に信徳丸になぞらえた藁人形を、左手には耳なし釘を握り、蒼白の顔。
それは、呪詛の鬼と化して、七日参りを続けるおすわの姿であった。

鎮守の神もさすがにこの理不尽な願いを止めさせようと、大きな牛を参道にうずくまらせてみたが、
一心にこり固まったおすわは、苦もなく牛を飛びこえた。

闇の空を突く老杉の下に佇んだおすわは、藁人形を杉の木に当て、鋭くとがった大釘を一気に打ちこんで藁人形をとめた。
二本、三本、呪の釘は音もなく人形を縫って木にめりこんだ。

人の一心は恐ろしいもの。
信徳丸はほどなく全身に気だるさを覚えるようになった。
体のあちこちが妙にむづかゆく、鏡をとって見ると、美しい顔にうすく紫の痣が現れている。
身体を見ると、そこにも同じ痣があちこちに浮き出している。
そのあざは日に日に濃くなって、果ては膿を持ち、血膿となって流れ出す始末。
信徳丸は床から離れられず苦しみとおす有様だった。

おすわは延年に、悪病で世間態も悪く家の穢れだと、信徳丸を邸から追い出すよう迫った。

延年は悲しみの涙にくれたが、家のことを思うと業病を患う息子を置くわけにはいかぬと覚悟を決めた。

信徳丸は天王寺の乞食の群れに身を投じ、ただれていく身体を陽にさらし、群がる蝿を追っていた。
だんだんに病が重くなり、気力が鈍り、過ぎた日々の幸福だった生活を思い出すのも、ものうい状能だったが、
生家のある高安と同じ国のこのあたりに居るのが空恐ろしい気がした。
信徳丸は這うようにして淀川を遡っていくのだった。

信徳丸が捨てられて間もなく、この悲報が隠山のおとの姫に届いた。
姫は信徳丸を訪ねて、人々の噂をたよりに旅をつづけ、ようやく京の清水で、全身が腐れ、
盲目となった信徳丸を捜し当てることができた。

おとの姫は泣いて昔の信徳丸とはおよそ変りはてた信徳丸に取りすがった。
そしてあの医者、この医者と酎えて看病した甲斐もなく病状は一向よくならなかった。

信徳丸は、おとの姫に、自分を棄てて隠山に帰るようすすめた。
が、おとの姫は、もはやこれまでと、信徳丸に、ともに死出の旅に立とうと言うのだった。

その夜、二人は同じ夢を見た。

寺の前の木に、東から白い烏が、西から黒い烏が飛んできてとまり、羽を一本ずつ落とした。
その羽を前の御手洗の水に侵し、信徳丸の体をなでると元通りに治るというのだ。

明けがた目覚めた二人が、この不思議な夢を語っていると、おとの姫の目の前で、あの夢の鳥が
やってきて羽を落していくのを見た。

「あっ鳥が!」
小さく叫ぶおとの姫。やはり霊夢のおつげだったかと、涙があふれて、飛び去る鳥も何も見えなかった。

羽を拾って、神泉の水で体をなでるにつれて、吹き出ものは跡かたもなく消え、目を洗うと忽ち盲の目に光を帯び、
信徳丸は長い長い闇の世界から救い出され、姫と手を取り合って喜んだ。

おとの姫が、「高安の国に戻りましょう」と言ったが、
信徳丸は「高安の吹く風もいやじや」と言うので、二人は和泉の国隠山のおとの姫の家に帰って婿になり、
高安には秘かに人をやり、呪の釘を抜きとらせ、家は富み栄えて、幸せの日々を迎えることができた。

ところが高安の邸は、次第に家運が傾き、ついに延年は乞食になって旅に出た。
信徳丸はかつて自分が捨てられた天王寺で盛大な供養を行ったが、乞食の群れの中に、父、延年の姿を見て、
この気弱で悲運な父を家に迎え、孝養を尽くしたという。

   ※浄瑠璃「摂州合邦辻」では、信徳丸は、おすわを捕え、首を刎ねることになっているそうだ。

※参考文献
 喜尚晃子 「但馬・温泉町の民話と伝説」1984年より
 温泉教育研究所 「温泉町郷土読本-温泉町誌-」1967年より

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